■2000/01/29 (土) がはは

きょうは、大日本ばか話に、大仏を持ったワニの話をアップしたのだ。
それから、うるたれさんの、おっと間違い、匿名希望さんの、
芭蕉話も、アップしたのだ。
ワニの話は、大学時代の友、鎌倉市在住の井上くんが、その当時大々的に新聞、テレビで報道されたと言ってたから、この話は、知っている人も多いのかもしれません。
でも皆さん、読んでね。

■2000/01/27 (木) おいおい

ぎょぎょーむの長男小4は、乳児検診の時、心臓に雑音があるといわれ、県立尼崎病院にいい先生がいるからと紹介され、ほんとうに気も動転するおもいで、受診にいった。あのころは橋もなかったので、片道3時間ほどかかった、1回目は、エコーができず、聴診器とかだけの検査だった、1週間後にまた来て下さいとのこと、その1週間の長かったこと、最悪心臓発作などに襲われるのではないか、とかが、こころをよぎる。そしてこんどは、エコーとかいろいろ検査してくれた、そして先生の言うことにゃ、心臓の絵を書いて、説明してくれた、弁が少し狭くなっているということ、ではまた、半年後に来て下さいとのこと、半年後?では、軽いのですか?日常はどのようなことに気をつければいいですか?普通にしてください。では、なにか悪くなるような兆候に注意することはありませんか?それは、私がみる、と医師。では、半年間はだいじょうぶなのですね?そんなことは、わからない、と医師。任せなさい。では、緊急のために、淡路島の病院でも見てもらっておきましょうか?そんな必要はない、私に任せなさい、と医師。でも、なにかあっても、片道3時間かかるのですよ!!任せろと言ったら、任せなさい、と医師。心臓の権威か何か知らんが、この医師は、権威をひけらかし、こちらの不安を妙にかきたてるのだ。こちらとしては、もう「はい、わかりました、宜しくお願いします」と言って帰ってくるしかなかった。
権威をひけらかすことに、何の意味があるのか、おまえは、親の気持ちを思うことは、ないのか。ばかもの、おまえだ、県立尼崎病院の牧野、ぎょぎょーむは、およそ執念深いの対極にいる人間だと思うけど、あなたの名前は一生わすれない。なんだか、軽く説明するつもりが、あつくなってしまった。あらら。
ところで、これをふまえて、今日の、本題。
うちの息子が、今日、奥さんに言ったそうだ。
「僕、心臓が、痛いねん」
「僕、病気や」
「それから、首が動かんねん」
「・・・・」血の気が引いたと思う。ついに来たかと、奥さんは、身構えたらしい。
「あのな、○○さんが前にきたら、心臓が痛いねん」
「首が痛くなって、○○さんのほう向かれへんねん」
「僕病気や」
がははは、それが初恋と言うものじゃ。   

■2000/01/14 (金) こらっおっさんの巻

ぎょぎょが、学生時代アメリカ一人旅の時に会った変なおやじの話。
それは、旅も終盤にさしかかり、財布の中身が、あやしくなってきていたころ、あこがれのケベック(カナダ)を後にしてからのこと。
西海岸シアトルから帰路の飛行機に乗らなければならないのだけど、もう宿泊費は出せないため、夜は、長距離バスのなかで寝て、朝着いたまちをみてまわり、また夜は、バス中泊、をくりかえすことで、経費節減。ところで、アメリカは、銭湯ないのね、だからあのとき1週間、カナダ東海岸からシアトルまで風呂に入れなかった、臭かった、がはは。4日目ぐらいから、動くたびダウンジャケットの中から鼻のほうに出てくる空気が、自分でも臭いと思った、がはがは。だから、5日目、隣に座った人が、席を変えたけど、そりゃそうだ、と納得したのであったのだ。だがしかし、それは6日目の夜のこと、他にも空席があったにもかかわらず、一見紳士風なおやじが、ぎょぎょのとなりに座った。座るなり、寝始めた。それから23時間後、ぎょぎょがねむくなり始め、眠る体制に入ろうとした時、そのおやじが突然こちらをむいて、話し掛けてきた。
「どこからきたのだ?」「ジャパン」「わしは、シアトルのちょっと北、弟のところへ行くのだ」で、弟と、自分の子供のころからの話が、はじまった。よくけんかしたとか、庭の桜の木を弟が折ったけど正直に話したから、父は許した。正直は、なにより大事なことだ、とか、それジョージ・ワシントンやないか、とつっこんでも、意に介さず、饒舌なおっさんだった。そして話がやっと、2年前にまでやってきた、このおっさんは、なぜに見も知らぬジャパニーズボーイに生い立ちから話すのだ、とうんざりしていたから、「あと2年だ」とほっとするぎょぎょ。「2年前の話だ、弟(キングサーモン、かになどを捕る漁師)は、ついに、ものすごく大きなサーモンを釣上げたのだ」このぐらいだ、と両手を広げる、「そんなサーモンなら、釣る人いるだろう」といううと、「おっと、まちがい、バスの横幅ぐらいだ」と言う、「そんなのも、釣上げた写真みたことある」と言うと、「そうだった忘れてた、バスの幅の2倍ぐらいだと、弟は言ってた」「それは、おおきいね」「信じられるか?」「そのぐらいのはもしかしたらいるのかもしれないね。」「いやいや、思い出した、もっと大きいと弟は言ってた」「・・・・・」「それは、たぶん世界一の大きさだ」それは「バスの運転手の背中から、うしろのトイレの前あたりぐらいまでの長さがある」と言う。「信じるか」そんなサーモンいるわけがない「うそやろ」というと、ようやく満足そうに「いや、弟は、そう言うのだ」。そして、それから1昼夜に渡る弟と、巨大キングサーモンの死闘の話が、えんえんとつづく。それって「老人と海」やないか、うさんくさいおっさんじゃ。眠いのでねたいとの申し入れは、何度も言ったけど、「まあ聞け」とこのおっさん寝させてくれない。白熱の、弟サーモン死闘話。ほとんど老人と海を朗読されてるような、細に入る、弟とサーモンのかけひきの話、そしてやっとしとめる。しかし大きすぎて船にあがらない、しかたなく引っ張って帰る事に、そして、港に着いたころには、さめに食われて、跡形もなかった。ぎょぎょ、ねむくてあいまいな相槌、「嘘やろ」をぎょぎょは、連発してた、そのたびに、まだ信じないのか?弟はこうも言ってた、と話は続く。そのおやじの白熱した語り口はおとろえない。「もう信じる」と言いつづけるぎょぎょに、まだ本当には、信じてないだろうと白熱語りが続く。夜がしらじらと明けてきた。もう寝させてくれ。むこうもやっと、眠くなってきたようだ「これで信じられたか?」「信じる、信じる、あんたの弟はえらい」
おやじは、じっとぎょぎょを見つめ満足そうな薄笑いをうかべ、「そうか、やっと本当に、信じてくれたのか。」ため息をひとつ。「でも、おれは、信じないけどね」ウインクして、背を向け、さっさと寝てしまった。こら、おっさん。

■2000/01/11 (火) どうすべきなのか?

今日4年生の長男から、バスの中での話を聞かされた。長男の話。
おばさんが、オロナミンCを飲んだ、そしてその空ビンを足元に置いた。その後そのまま降りようとしたので、「おばちゃん、忘れ物やで」と言った。おばさんは、そのビンをひろって降りていった。降りたあと、道端にまた捨てた。
話はそれだけ、長男は、自分のしたことに何の疑問ももってない、道端に捨てたことに立腹気味。
ぎょぎょは、素直にほめてやる事ができなかった。「悪いおばさんだな」とは言ったけど、よくやった、また同じことをやれとまで肯定できなかった。
もしも、子供が反撃されていたら・・・そのことが頭に浮かぶ。最近は、キレル人がいるから・・・ううう。
こんな時、どうすればいいのか?
だれかおせーて。

■2000/01/10 (月) ぎょぎょーむ成人式を回顧するの巻

あのころは、渋谷区幡ヶ谷に住んでおりました。淡路に帰る気もなく、成人の日だということも、ほとんど気づくことなく、部屋でうだうだしてた、というのも渋谷区は、成人式の招待状を(住民票は当然うつしてたのに)この田舎者上京うきうき学生には、送ってこなかったのだ。ま、送ってきてても、多分行かなかっただろうけど。曇り空だった。夕方までたしか部屋から出なかったと思う。その日も、いつもと変わらない日常の中の1日であるにすぎなかった。夕食の買出し、または外食のため、外に出ると、着物姿をみかけて、「成人式だったのだ」と実感した。そして、郵便受けのなかにダイレクトメールが1枚、○○ふとん店、「成人式おめでとうございます。二十歳の記念にお布団をどうぞ」なぜ、成人式が布団なのだ??と吹きだしたあと、ぎょぎょの成人式を祝ってくれたのは、この布団屋だけだったとうらぶれの気分がおそってきた。思えば、一生に一度の日を空費していたのであった。

2000/01/05 (水) がはは

新年攻撃が始まってしまった。新年会。うーいひっく。がは。
今日は、コンの話。CON英語だと少しすけべなひびき、ぐふふ。CONSフランス語だと、アホたれ。
よぱらって帰ってきたら、、シャッター一枚しか開いてないから、車入れてないの、車入れられない、入れてね、と言う。この酔っぱらいをつかまえて・・・50M先に派出所あるのに・・・。車のエンジンかけたら、CONSがかかった。ジョルジュ・ブラッサンス。ル・タン・ヌ・フェ・リヤン・アラフェア。あほたれ、あほたれと叫びつづける、このシャンソンがははに好きだ。そのまま、聞き入ってた。年老いた男は、若者をあほたれと言う、青二才はみんな、胡麻塩頭を、時代遅れ馬鹿と言う、年老いた男は、若者をあほたれと言う、青二才はみんな、胡麻塩頭を、時代遅れ馬鹿と言う、時はそのものを変える事はない、あほたれは、そのまま、あほたれだ。CONSCONSCONS、新年早々あほたれ、馬鹿たれ、がーーーははで、気持ちいい。

■2000/01/04 (火) 今年もがはは

長いこと、これ書いてなかったのね。年末年始は、いろいろありすぎて、ネット開くことが少なかったから、そのいろいろを書こうと思うけど、面倒だなあ。それで、正月3が日、ほとんど酒飲んでた、元旦に奥さんの実家に行き、ひれ酒でものみなはれ(たーこの得意技?)、ときたから、ビール命のぎょぎょーむとしては、まず、ビールそれから、日本酒と元旦呑みコース決めてたけど、いきなりのコース変更、義理おやじさんのさしだす酒は断るわけにいかない。日本酒はうまいのよね。じつは、ぎょぎょ日本酒好きなのだ。でも本能的に避けてる。元旦はしこたま呑んで、何を話してたかは、2日に奥さんから聞き出さなければならない始末。要は、記憶だないのね、がはは。で、この3日間の呑んだくれ生活で、わかってしまった!!!「なぜ、ぎょぎょは日本酒を本能的に避けるのか」
ぎょぎょ日本酒をビールと同じよペースで飲んでしまう、ビールは、アルコール度低いから、がばがばのんでも、酔いはそのままついてくる、気持ちいいほろ酔いがつづく。ウイスキーは、人前では水割りだから、ビールにおなじ。うちでは、ストレートだけど、これはさすがにがぼがぼビールペースでは飲まないから、酔いは、じょじょにやってくる、気持ちいいほろ酔いがつづく。そして、日本酒、美味いからいけない。ビールと同じよペースでがぼがぼ飲む、中途半端にアルコール度が高いから、あるときを境に、気持ちいいほろ酔いをとばして急激に酔いがまわる。しかも、同程度のアルコール度数のワインなら、がぼがぼのんでも1本ぎょぎょの許容範囲、たてつづけに2本目あけることは、まずないけど、日本酒は、とめどなく出てくる、ぎょぎょの本能がそれらを察知していたのが、やっとわかった。ぎょぎょの本能恐るべし!!じゃんじゃん、っと。がは。